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2006年4月27日 (木)

チェルノブイリ原発事故から20年

 原子力発電史上最悪の惨事となった、旧ソ連チェルノブイリ原子力発電事故から20年が経ちました。
 私は、生活クラブ生協組合員暦が25年になります。20年前の事故後、はるか日本まで放射能の灰が届き、生協の「わたらい茶」も汚染されました。
そこで、お茶は全量回収され、原発事故の教訓としてビンにつめ、保存したことを思い出しました。

 また、ベラルーシの被爆した子ども達を、1回に4人から6人を転地療養として日本に呼び、家を借りての共同生活やホームステイというかたちで、支援の活動も行なわれました。その子供達も30歳近くになっているでしょう。

 事故から20年経った今でも、強い放射線が出ていて、長時間浴びると健康被害の恐れがあるということで、住民は家に帰れないでいるようです。
また、保証は甲状腺がんのみで、白血病や心臓病などで死亡する人が多くなっているのに、その因果関係は認められないとして、国の補償が受けられないという報道もありました。

 事故後、ドイツなどでは脱原発政策がとられ始めましたが、ロシアでは事故の教訓が生かされず、今だ同じ型の原発が稼動している状況もあります。
狭い日本で地震が起き、大事故にでもなったらと思うと・・・・・

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コメント

はじめまして。
記事を読ませていただき共感しました。
チェルノブイリ原発事故から20年。
昨日わたしも「ノーモアチェルノブイリ」の思いを込めて記事を書きました。
TBさせていただきますので、よかったらご覧ください。

投稿: みどり | 2006年4月27日 (木) 09時58分

みどりさん、コメントありがとうございました。
チェルノブイリ報告読ませていただきました。
現場の様子がわかり、改めて事故の悲惨さが伝わってきます。
二度とあってはならない事故ですよね。
私は2003年議員になりましたが、当選してすぐ寺田さんの「市民派議員になるための本」を買い読ませていただきました。
私たち地域政党ネットワーク横浜も市民派議員集団(6人)として、議会の中で戦っています。
又日常活動や選挙手法なども、みどりさんが書かれた、まさに参加型の政治、選挙を実践しています。
またみどりさんのブログ読ませて頂きます。

投稿: 宇都宮あつ子 | 2006年5月 2日 (火) 22時24分

宇都宮さま
チェルノブイリの問題には、事故がおきた直後から取り組んできました。反原発にはそれ以前から。
本を読んでくださったとのこと。ありがとうございます。本を読んで当選された方も多いので、責任重大です。
本には一般論しか書き込むことができなかったので、もっと踏み込んだ内容の勉強会を続けています。
ことしは、統一選前年で、逆風のなか正念場です。
今後ともよろしく。
PS:寺田ではなく、寺町です。姓を自称してないので、どちらでもいいですが(笑)。

投稿: みどり | 2006年5月 3日 (水) 05時37分

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» ノーモアチェルノブイリ!/原発事故から20年目に想うこと [みどりの一期一会]
1986年4月26日、午前1時23分、 ウクライナ共和国(旧ソ連)のチェルノブイリ原発4号炉が爆発した。 1月に子どもを産んだばかりのわたしは、 どこにいても放射能汚染から逃れることはできないと、 涙をながしながらおっぱいを飲ませた。 チェルノブイリ原発事故は、 わたしにとって他人事ではなかった。 91年、ソ連崩壊とともに被災地の情報が入り始め、 わたしは「チェルノブイリ救援活動」にかかわった。 �... [続きを読む]

受信: 2006年4月27日 (木) 09時59分

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