野宿生活者に寄り添って
横浜の寿町は、大阪の釜が崎、東京の山谷と並び、日本三大寄せ場のひとつといわれ、日雇い労働者が集まるところです。寿地区には野宿生活者が暮らす青テントや、どや街(宿屋にはほど遠いのでひっくり返してどや)と言われる簡易宿泊所(約3畳ほどの広さで敷金、権利金なし、1泊2200円)が100軒以上も並び、約6500人が暮らしています。半数以上が60歳以上の生活保護など福祉制度の利用者です。
今回、簡易宿泊所に入れない寿町の野宿生活者の支援をしている「寿支援交流会」の事務局長高沢幸男氏に福祉大学の学生さんと一緒に話を聞き、寿地区を案内していただいた。
高沢氏とは以前から交流がありますが、彼の野宿生活者への熱い思いは並々ならぬものがあり、生活や借金の悩み、健康の不安などの相談に丁寧に耳を傾け、あるときは福祉事務所にかけあったり、夜回りパトロールをしたりなど日々奔走している。
県内の野宿生活者の数は、横浜市470人(男460、女10)、川崎市829人、平塚112人などが多く、平均年齢55.9歳で50歳から64歳が65.7%を占めている。
何らかの理由で就労できなくなり就職が困難な50歳以上で、高齢福祉年金を受給できる65歳までの人が多いということがわかる。
高沢氏は、野宿生活者はバブルがはじけ、不況になり始めた97年後半から98年に激増し、さらに倒産、リストラなどで失業率が高くなるにつれ増加したという、雇用との関係が強いと言う。会社が倒産し離婚して野宿者になるなど、自営や常勤職員で働いていた人が50%以上であり、個人の問題というより、社会的セーフティーネットが働き難い層にしわ寄せがきている。社会の仕組みが野宿者を生み出しているとも。
又、彼らは「怠け者」「だらしない人」「汚い」と見られがちだが、自分で日々の糧や寝場所を用意しなければならず、怠けていては野宿生活を続けることはできない。アルミ缶や古本の回収、アンペイドでコンビニ付近の清掃をして弁当をもらうなど、資本金はなくとも知恵で仕事をつくり出していく。
寿町は野宿者やアルコール依存者が多いのではなく、他の町で受け入れるところがなかったから寿町が受け入れたのが実態で、むしろ寿町はおおらかで、包容力のあるまちといえる。
私たちが歩いていると、親しげに挨拶してくれる人、お酒片手に一緒についてくる人、どことなく寂しげで人懐っこい人達だ。
寿地区には、一時的な宿泊場所を提供し、仕事に就くための色々な相談・支援を行なう横浜市自立支援施設「はまかぜ」がある。また、ことぶき福祉作業所、保育園、のりたま先生で有名なことぶき学童保育などがある。
訪問したことぶき福祉作業所では、そこに通われていて亡くなられた男性の遺影がかざられていた。寿地区には供養塔があり、寿で亡くなった身寄りのない人たちは青葉区の寺に埋葬される。その方も身寄りがなく、作業所の皆さんがお墓参りに行かれるそうだ。(写真はことぶき福祉作業所内)
寿地区は、今の格差社会の問題が凝縮されているような気がする。野宿生活者を何の策も無く追いやるのではなく、社会の責任としてその対応を考えていかなければならないと強く感じた。
川崎、横浜市で支給しているパン券制度の見直しが検討されているようだが、財政上の理由で切り捨ては許されない。これから調べてみたい。
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