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2007年6月

2007年6月29日 (金)

セーフティーネットの役割を果たす最低賃金の引き上げは急務

 今国会で、40年ぶりの改正となる最低賃金法改正案など労働関連三法案の成立は成らず、衆院で継続審議になる事が決まりました。

 非正規労働者の数は、1600万人を超え、その8割は年収200万円以下の「ワーキングプアー」と言われる人達です。
社会保険料の未納者の増加や、経済的自立が出来ず結婚できない人の増加につながり、少子化が進むなど、社会問題化となりつつあります。

 労働者にとって重要な最低賃金は、国の中央最低賃金審査会が目安を決め、それを基に地域別の審査会が決めることになっています。
問題になっているのは、生活保護費よりも低い賃金になっている都道府県があり、憲法25条で保証される最低限度の生活をも維持できない状況にあるということです。
そのために、「生活保護との整合性」を盛り込んだ改正案が出されていました。

 現在、最低賃金が高い東京の719円は生活保護費も高いので、整合性をつけると80円の必要引き上げ額になり、神奈川では717円で引き上げ額は88円にもなります。
低い北海道では最低賃金は644円ですが、必要額は44円になるようです。

 日本の最低賃金額の平均額が673円に対し、フランス1295円、アイルランド1520円、イギリス1234円とはるかに高く、経済大国日本の名がすたれるというものです。

 横浜市議会においても5月議会で、最低賃金の改善は、労働者を支援する労働行政の重要施策として、同一価値労働同一賃金の観点に立って、賃金の改定を図ることなどを盛り込んだ意見書を国に提出しました。

 私はこの最低賃金やパート労働者の目に余る労働待遇などは、労働の搾取であり、人権の問題であると思っています。
格差の是正のためにも、最低賃金の引き上げ、労働者の待遇改善は急務です。

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2007年6月25日 (月)

女性議員比率1位を更新した大磯町議会

 竹内恵美ちゃん、大磯町議2期目当選おめでとう。
応援コメントも頂きました。

 今回の大磯町議選は前回の定数18人を14人に減らしての選挙でした。前回の選挙で、定数18人対し女性議員が9人と女性比率が50%と全国1位だったところ、今回は定数を14に減らし、女性当選者が8人で、女性比率が57%と全国1位を更新したようです。
女性が半分以上を占める議会の様子を一度見てみたいものです。

 それに引き換え、横浜市議会ではネットが3人減らしたこともあって、92人中、女性議員はたった15人の約17%にすぎません。
せめて20%から25%ぐらいに女性比率を上げたいものです。
次回の選挙、ネットワーク横浜は議席を奪回します。

 

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2007年6月23日 (土)

大磯町議選の応援に行って来ました

 高校の友人でもある、竹内恵美子大磯町議2期目の選挙応援に、22日朝から大磯に行って来ました。P1010504_5

 大磯町議選挙は24日が投票日で、定数14に対し22人が立候補し、そのうち女性候補がなんと現職を含み10人が立候補しています。
大磯町は旧吉田邸(県立公園予定)など別荘地で有名なのもうなずける、緑が多く海がありと自然環境にには恵まれた所で、選挙カーに乗りながら大磯町を見てきました。

 しかし人口32000人の小さい町は、合計特殊出生率1.04、高齢化率21.9%で、13年後の2020年には32.8%になる超高齢化時代を迎え、問題山積です。
地形も山坂が多く、道は狭く、軽の選挙カーでもしっく八苦状態。
今のところマイカーが多いため、バス便も多くなく、これから進む高齢化に備え、コミュニティバスの導入の検討なども必要になってきそうです。

 友人の竹内恵美子は、無所属、無党派、町民派議員として、ニュースレターを発行し、開かれた議会、住民集会の開催などで住民参加の街づくりをめざしています。
ネットのスタンスに近い!

 選挙戦となるとこれまた大変で、まさに地縁、血縁が色濃く出る選挙です。横浜のような浮動票はほとんどなく、多分読んだ票がそのまま出る厳しい選挙です。
竹内恵美子も生まれも、育ちも大磯町で、地元では恵美チャンと親しまれているようです。

 当日朝、大磯駅について候補者らしき人が見当たらないと思ったら、タスキなしで一人で駅横に立っているではありませんか。
思わず、「タスキは?」と聞くと、これまで何も言われなかったのに、今日選管から違反だからはずすようにと・・・・なんと馬鹿な!
「旗もなく、タスキもなく、どうして市民に候補者とわからせるんだー」選管に抗議するように言って、謝ってきたようですが、朝の貴重な時間に訴えられない、これは選挙妨害にもひとしいものです。

 あまりにもひどい、知らない大磯町の選管にあきれるばかりです。
何はともあれ、当選めざして、あとひといき頑張れ!

 

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2007年6月17日 (日)

生活者の視点を持った参院選候補者大河原まさこさんを応援

 7月22日に予定されている参議院選挙が、国会の会期延長如何によっては29日にずれ込む可能性もでて来ました。
その参院選挙に、地域政党の東京・生活者ネットワーク代表で東京都議3期10年の大河原まさこさんが、民主党公認で立候補します。

 6月15日に大河原まさこさんを応援する「がんばれ、まさこ!」サポートパーティーが東京のホテルで行われ、杉山代表と一緒に応援に行って来ました。
彼女も生協活動から地域政党の議員になり、生活者の視点で政治に取り組んできた仲間として、投票は出来ませんが横浜から出来るところで支援したいと思っています。

 パーティーのお土産に、水俣の甘夏みかんで作ったマーマレードが入っていました。
工場廃水に含まれたメチル水銀によって、水俣病という公害被害者になり、海も汚染され漁業をあきらめた人達が甘夏みかんを作り始めました。
そこで、公害被害者である生産者が、農薬を使うことの矛盾に気づき、「被害者は加害者にならない」と決意し、減農薬で甘夏栽培を始めたのです。
私も毎年、この水俣の「きばる」と言う甘夏みかんを楽しみにして、共同購入しています。

 大河原さんもこの水俣の人達の決意に感動し、産直購入を始めたことが政治の原点であり、生活のありようが社会をつくり、生活からの発想が政治につながると、メッセージを寄せています。P1010504_3

 「政治は生活」、生活者の視点を持った議員を是非誕生させたいと思います。
東京選挙区に立候補している、大河原まさこさんを応援してください。

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2007年6月15日 (金)

紆余曲折の戸塚駅西口再開発事業が動き出す

 JR戸塚駅は、横浜駅に次いで乗降客が多い、1日27万人が利用する駅です。
今は、横浜の副都心と言われていますが、以前は古い木造の住居と一緒になった店舗が密集していた所で、横浜市は45年前の1962年に、戸塚駅前地区土地区画整理事業の都市計画決定を行いました。

 1997年に戸塚駅西口再開発の事業計画が決定され、市の土地先行買収などにより空き地が目立ち始め、商店もシャッターがおりるなど、かつて賑わった商店も年々寂しくなってきました。
この間、経済は低迷しキーテナントが決まらず、2007年完成予定だった事業計画も変更をやむなくされ、当初400人ほどいた地権者も4分の1に減りました。
その中の40人ほどの地権者が、戸塚の商業規模に合わない過大商業ビル内の営業は、経費がかかりすぎ、「生活再建」はおろか事業が成り立たないと反対し、2003年9月に地元から再検討を求める要望書が出され、10月に再開発では異例の見直しが決定しました。

 2004年3月に再検討案を示し、それから横浜市は地元権利者との戦い、いえいえ厳しい意見交換を重ね、市民へのニュースの発行、議会への予算説明など、都市整備局西口再開発事務所の森技官を中心に、職員の方々が精力的に動き、強制代執行を行うことなく円満に仮設店舗に移行されました。

 その仮設店舗が「戸塚ウエスト」として、6月1日にオープンしました。
この仮設店舗は、横浜市初のPFI方式による日本最大規模の仮設店舗です。仮設店舗着工については、地元権利者から「生活再建」の見通しが立ってからにして欲しいとの陳情があったにもかかわらず、2003年2月に建設され、6月のオープンまで約3年間空き家状態でした。
 この仮設店舗の建設が、この西口再開発を引くにひけなくし、前へ進むしかない状況にしたと思っています。この仮設店舗がなかったら、市はバスターミナルと駅前広場を整備し、後は地元主導で戸塚の経済規模に見合った商店街が造れたのではと・・・・・・

 仮設店舗オープンの式典で、地元権利者として横浜市を相手に頑張ってきた土居武志さんが、地元出店者会の会長として「路面店でやってきただけに不安があるが、意地でも頑張る」と挨拶されたのが印象的でした。

 何はともあれ、戸塚の街づくりがスタートします。P1010498
これから、賑わいのある、魅力ある戸塚の街を造るのは、商店や戸塚の市民です。

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2007年6月11日 (月)

ブログが復活

 しばらくの間、ブログが開かずご心配をおかけしました。
実は、担当者の手違いで、誤ってブログを削除してしまいました。
ニフティーに問い合わせしたところ、データーを探してみるが、見つかる保証はないという返事で、一時はもうだめかとも思いました。

 担当者もニフティーにかけ合ってくれ、何とか復活する事が出来ました。
 去年の1月から書き始めたブログです。
たまに、前に書いたデーターを見返し、参考にすることもあったので、これで一安心です。
これからまた、書き始めますので、どうぞ読んでください。

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