平和とはどのような状態か、平和を妨げるものは何か
昨年からネットワーク横浜で平和プロジェクトを立ち上げ、私はその座長としてメンバーとネット横浜の提案する平和政策について試行錯誤しています。
メンバーから平和についてまず、基本的におさえる必要があるのではないかという提案があり、フェリス女学院大学 国際交流学部 横山正樹教授にお願いし、「平和とはどのような状態か、平和を妨げるものは何か」-生存(サブシステンス)から見た日本国憲法ーというテーマで、「平和学」セミナーを開催しました。
そこでまず、日本国憲法の前文第2項
・・・われわれは、平和を維持し、専制と奴従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」
日本国憲法にすでに、一国主義にとらわれない、世界中の国民の人権、平等を重視した積極的平和主義が謳われていることに、あらためて誇りに思い、平和を考える道しるべだと確信しました。
横山先生は、ノルウエーの平和研究者ヨハン・ガルトゥングの「平和の定義」を示してくださいました。
それは、平和は単に戦争や紛争がない状態ではなく、「平和は暴力の不在」として戦争がなくても、人権が確立されていない状態は平和とは言えないということです。
暴力には直接的暴力(行為者が存在する暴力)、秋葉原で7人もの人が理不尽にも殺害されました。構造的な暴力(行為者が不在の、社会構造に組み込まれた暴力)、人種差別、格差、貧困、飢餓などが当てはまります。
そして、構造的暴力をなくしていくには、教育、映画やTVの影響も大きいし、社会の仕組み、文化を変えること、無意識的に差別を容認するような制度を変えていく必要があるのです。
このセミナーで「戦争がないことが単に平和ではない」「平和を妨げている様々な暴力を克服すること」が真の平和につながることを学びました。
これをネットの平和政策にどう生かすか、むずかしい。
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