2008年8月15日 「平和」を思う
63年前の8月15日、日本は太平洋戦争の終戦を迎えた。
生と死が隣併せのような悲惨な体験をされた多くの人達が、戦争が終わった時の安堵感とこれから生きられるという希望を感じた時ではなかったろうか。
私も含め、戦争の体験を持たない世代が増えてきている中で、この悲惨な戦争を二度と起こさないために、政治や右翼的世論に惑わされず、戦争の事実をしっかりと伝えていかなければならない。
「平和」を守るためには教育、メディア、市民レベルの活動も重要だと思う。
今北京オリンピックが開催され、各選手が4年間の集大成として頑張っている。
中国と日本のこれまでの関係を見ても、戦争による中国侵略、中国残留孤児や教科書問題、そして小泉元首相で大きく関係を悪化させた靖国神社参拝など、まだまだ問題は山積している。
この北京オリンピックを機に新たな日中関係を築いていければと思う。
大戦後大きな戦争はないが、世界のあちこちで内紛が勃発し、オリンピックのさなかにもグルジアとロシアとの武力衝突が起こっている。
「平和」を考える時、まず「暴力の不在」は勿論だが、紛争がなくても人権が確立されていない状態は平和ではないと、以前ブログにも書きましたが、横山正樹先生も言われている。
紛争はないけれど、生存機会の不平等、不公正、格差が拡大している日本の社会は、構造的暴力を容認している社会制度になっていないか。
非正規労働者が全体労働者の3分の1を占め、生活保護世帯よりも低い所得で生活している人が急増している。
こんな状況で、日本は本当に「平和」と言えるのだろうか?
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