« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

2011年7月24日 (日)

「生命が育つお手伝い」モンテッソーリ教育

ピースボート洋上カルチャーでの、モンテッソーリ教育に取り組む深津高子氏の講演は、今まさに日本の幼児教育に忘れているもの、子どもの生命の育つ邪魔をしないこと、受験に備えた早期教育でいろいろ教え込むことではなく、子どもの育つ最大限の環境をつくること、本当に納得。 P7240008
子どもをよく観察し、その時々に必要な環境を大人が整える。そして子どもは自発的に活動を選んで試行錯誤し、失敗や成功を経て自信を身につける。また、異年齢で生活するうちに他者を思いやる社会性も発達し、自分で考えることが身につく。
この考えは、百年も前にイタリアの医師、マリア・モンテッソーリが発見した発達の法則です。
今、危ないからやらせないそんな風潮がありますが、失敗やけがをして初めて成長するのです。

深津さんに日本でなぜこの素晴らしいモンテッソーリ教育が広がらないか質問したところ、いい教育者を育てることが重要でなかなか育っていないことだと言われました。
深津さんは、カンボジア国境に近く、ポルポト政権の圧政から逃れてきた難民の子供たちが通っている保育園「希望の家」でモンテッソーリ教育の実践を見る機会から勉強を始められたとか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

船の生活にも慣れ快適

船の生活にも慣れだいぶペースがつかめてきました。
とにかく一日が忙しい。朝まず6時から太極拳、その後ラジオ体操をしてコーヒーブレイク、そのあとラテンのリズムに合わせた健康サモサ、そして船の最上階のデッキでノルディックウォーキング、これはスキーのストックのようなものを持ち、肩甲骨を意識して背筋を伸ばして歩く運動です。これもすごく健康的でまだコーチが美人でスタイル抜群。
午前中はかなりアクティブです。午後はいろいろなカルチャーがあり、モンテッソーリ教育の深津高子さん(水先案内人)の話、歴史的なアジアから見た日本の話などなど。

P7210002今回のピースボートには1歳から80歳くらいまでの老若男女約850人とクルーとあわせ1200人のピースボート村が出来上がっています。
それも7割がたが一人旅、食事の時など「どこからですか」に始まり、すぐに打ち解け和やかに話が弾みます。今回で3回目とか、かなりリピーターもいるようです。とにかく皆さん前向き、素晴らしい!

P7220013台風の影響で2日伸びて避難訓練、そして船長主催のウエP7220019ルカムパーティーでは、皆さん普段とは違って着飾って出席。
普段はティーシャツにジーパンと気軽な服装でいいのがピースボートのいいところ。P7220017

7月26日にベトナムのアダンの港に入港し、私はそこからカンボジアの地雷検証ツアーに出かけます。
そのメンバーは14人で私以外は20代の若者たち、皆さん問題意識を持ち、自分のテーマを持って参加して楽しみです。
マラリアの予防薬を飲み始めました。
船の食事がとてもヘルシーです。P7230001

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2011年7月20日 (水)

いよいよ101日間の船旅に出発

P71900112011年7月19日、「イタリアの貴婦人」とも称される3万8000トンのオセアニック号に乗り、ピースボート地球一周の船旅に出ました。
天候があいにくに台風の影響で時折強い雨が降る中、悪天候のためテープ投げは中止されましたが、大勢の見送り人が手を振って送ってくれました。徐々に岸壁を離れる出港は、余韻があって感慨深いものがありました。これからの未知なる世界に思いを馳せ、気持ちが高ぶります。P7190013
乗客は1歳の子供から80歳以上の高齢の方まで総勢約850人、スタッフ、ボランティアも含め、世界各国の人たちが集まって、ピースボートコミュニティーが出来上が有ります。
早速に昼食から、夕食など食事のたびに初対面ながら、出身地から始まりいろいろ和やかに会話が進み、これも旅の一つの楽しみでもあります。
20日の朝は寝過ごし、朝食を食べそびれました。
台風の影響で微速運行、揺れが少々あり、まだあまり進んでいません。
明日からしっかり早起きして、太極拳、体操などに参加しようと思っています。ただ残念なのが、プールがあまりにも狭く十分に泳げそうもありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月18日 (月)

ピースボートで平和と貧困撲滅を訴える

明日横浜港を出発する第74回ピースボートで「世界を写そう、私たちは貧困を終わらせる」と題した写真展が開催されている。
出港前に行われる船内見学会でも大勢の人たちが写真展に訪れたとか。私も3年ぐらい前、いつかピースボートに乗ろうと見学会に出かけ、船旅を想像しあたためていたものです。
今回その船旅が実現し、この環境を与えてくれた夫をはじめ家族や友人たちに感謝の気持ちでいっぱいです。
今回、写真展はNGO「ピースボート」の「オセアニック号」の船内に掲示され、10月に帰るまで寄港した何か所かで写真展が予定されている。

そのピースボートに運良く乗船するので、ゆっくり写真展を見るつもりです。
今回の旅行では、まずカンボジアで今なお「地雷」の被害を受けている市民、地雷撤去の活動など見たり、パレス難民キャンプ、環境フォトジャーナリストの藤原幸一さんが取り組んでいる、ガラパゴス森再生活動に参加、自然遺産第一号に登録された島が、原生林が激減し固有の生き物たちの生存が危ぶまれ、危機遺産となっている現状などを見てきます。P7180007

なんと100日間、船の生活も結構楽しそうです。
そんな様子なども、ブログで報告できればいいと思っています。
写真は、わがミニガーデンに咲いている花ですが、主がいなくなった後どうなるか若干心配ですが、まあーいいか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月17日 (日)

ひまわりとゴーヤ

今年、ひまわりの花が注目されています。 P7180001
今回の福島第一原発の事故により、田畑が汚染され作物が作れない。そんな中、土の中のセシウムなど放射性物質を吸ってくれるひまわりを復興のシンボルにと、地元の農家やボランティアがひまわりを育てる活動が広がっている。 P7170009
チェルノブイリに事故の時も、ひまわりとナタネが栽培されました。
私も今年はだいぶ時間の余裕ができ、ひまわりを種から栽培して、今ミニひまわりの花が咲き始めています。
ひまわりの花は夏に似合う華やかな花ですが、福島のひまわりはどことなく寂しく、悲しい感じがするのは私だけではないと思います。

P7150008それに今年は、梅雨が例年より早く上がり猛暑日が連日続き、熱中症の患者もえている大変過酷な夏になっています。
それに電力不足による節電対策が求められ、企業の土、日出勤、ノー残業、クールビズはじめ電気を使わない懸命な努力が試みられている。
一般家庭でも、打ち水や、日よけ対策としてすだれ、ゴーヤやへちま、キュウリなどの日よけと食糧の一石二鳥で楽しみながら栽培している方が増えている。

もちろん私も初挑戦、それも1袋の種を買い、それと去年食べたゴーヤの取っておいた種を植えてみました。
そのゴーヤは今は立派に成長し、実も付き始めています。
日よけまでにはいきませんが、毎日楽しみに見守っています。
ゴーヤの花に、モンシロチョウがとまり、思わず写真を撮りました。

今、新しいノートパソコンでブログの更新、写真の挿入など練習しています。
ひまわりの写真の挿入を試みている間に、写真がどういうわけか消えてしまいました。
次に入れたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月14日 (木)

教科書採択問題

来春から横浜市の公立中学校で使用する歴史教科書採択をめぐり、大きな市民の動きが起こっている。
横浜市では2年前に8区で、「自由社」の歴史教科書を採択しましたが、その採択方法についても審議会の意見を無視した形で金沢区、緑区などにも自由社版の教科書を決定し、しかも不明朗な教育委員の無記名投票でおこなわれました。
この「自由社」版の教科書は、戦争を美化し日本国憲法を軽視する立場でえがき、編集ミスも異常に多いと指摘されている教科書である。

横浜市は、来年からの教科書採択は区ごとではなく、18区全部が同じ教科書を使う一採択化を決定している。
その問題の「育鵬社」と「自由社」の歴史や公民の教科書採択に反対する要望書で、約1か月半とい短期間で7万7千人の賛同署名が集まり、今田教育委員長宛に提出された。大勢の人たちが危機感を募らせ動いた結果です。
私たちも皆が要望書を持ち歩き説明し賛同者を募りました。

要望書を受け取った市教委の漆間指導部長の「短い期間にこれだけの署名が集まったことを、しっかり受け止めたい」とコメントが報道されていた。
漆間部長は2年前までは、戸塚中学の校長先生で地域と学校をつなぐキーマンとして動かれ(以前ブログでも地域ボランティア実り隊について書いた)、教育者としても素晴らしいと個人的には思っている。

横浜市は、市民の意思をしっかりと受け止め、くれぐれも禍根を残さないよう、教科書採択に臨んでほしい。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年7月12日 (火)

政治を変える市民が動き出す

 ネットワーク横浜・とつかも、これまで地域の課題に向き合い、参加型で生活者の政治に取り組み一定程度の役割は果たして来ました。
しかし、本来めざした市民による政治、市民が自ら問題解決する活動の広がりをつくりきれず、厳しい選挙結果もあり、これまでの活動の延長線上では社会に影響を与えることは難しい事から、これまでの組織活動は終了としました。

 本来私たちがめざした参加型政治は、議員や行政にお任せするのではなく、市民が主権者として自覚を高め、学び考えることから始まり、行動し社会や政治を変えることでした。
 3.11以後、多くの自覚的市民が誕生し、日本の政治を変える可能性が生まれてきています。原発政策の見直し、日本のエネルギー政策、雇用、生活など社会のすべてを転換する必要に迫られています。
 今、問題意識を持っている人は大勢います。そういう人たちにコミットし、政治に繋いでいくことが新たな市民政治を拡げる一歩になると考えます。
 ネットの志を繋ぎ、自主的に、主体的に意思ある市民が集まり、市民の政治参加の受け皿として政策議論ができる政治の寄り場に賛同し手を上げた人が何と16人。

 7月10日に第1回の市民政治を拡げる呼びかけ人会を開催しました。
メンバーはそれぞれがテーマを持ち活動されたり、年代も色々ですが共通にして言えることは皆さん本当に前向きで、会の名称、規約について、今後の活動の持ち方など初回から熱い議論を展開しました。
 肝心な会の名称については、能動的で会の目的を端的に表す名前として
「政治を変える市民フォーラム・とつか」に決まりました。

 これから、グローバルな視点も持って戸塚から意思ある市民が動き出します。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月 9日 (土)

タイトルヘッドをリニューアル

 新規にブログのタイトルヘッドを「宇都宮あつ子のほっとメッセージ」にリニューアルしました。
 このタイトルは議員の時、駅街頭で配るリアルタイムな情報紙のタイトルとして使っていたものです。
これからまた心機一転、いろいろメッセージを書きますので見てください。
 タイトルのバックの見事な桜、これは戸塚柏尾川沿いの桜です。
私も入っている戸塚桜セーバーが、手入れをしています。

 戸塚区マスコットのウナシーが体の色模様で表現している、名所、名産、歴史などを楽しく学習する小学生対象の「集まれ!元気なウナシー隊」が夏休み企画で行われます。
3日間ありますが、その一日に柏尾川のミズキンバイや魚を捕る学習、そして桜を守る学習として、桜セーバーが先生となり40人の子どもたちに桜の養生を教えます。

 今日はその予行練習として、子どもたち全員が少しでも参加できるように工夫し、約30分の時間内で収まるように下準備する事などを確認しました。P7090814_2

 その学習の内容は、桜の根元に深さ50センチぐらいの穴を掘る。(事前に掘る) 50センチの竹を半分に割り、節を取り針金であわせ、上の部分に金網をかぶせて土に埋める。
そして金網の部分から水(水肥)を流し込み、根元深くに肥料を施す作業です。
 子どもたちが楽しんでくれるといいですが。

 P7090816_2 この学習を経験した子どもたちは、きっと来年の桜はいつもと違って見えるのではないでしょうか。
 写真はダブルスコップで穴を掘っているところと、竹を造作しているところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 3日 (日)

認知症の家族殺害判決から介護者支援の必要性を考える

 このほど認知症の妻を介護する夫が、また介護する父親を息子が殺害した判決が出された。本当に痛ましい事件と言わざる終えない。
一例は夫(85歳)は献身的に介護し、短絡的だが心情は理解できるとし懲役3年執行猶予5年、2例は息子(48歳)が父を殺害した事件は、身勝手で短絡的、悪化から犯行まで1ヵ月半で介護疲れとはいえないとし懲役6年の判決、3例は夫(86歳)が突然記憶障害が表れた妻に困惑し殺害した事は、同情の余地はあるが動機は自分かってとして懲役2年6ヶ月。

 この判決に対し、介護者の心理的負担が軽視されている、介護者が最も混乱するのが介護初期と専門家も指摘する。
介護する人の精神的負担感や孤立感は大きく、この事件を検証し今後このような事件が起きないように介護者支援の体制をつくっていく事が求められる。

 2010年に戸塚で介護者支援について100人を超えるアンケート調査をしました。
その声として、「助けてほしい時に周りに誰もいない」、「毎日の出来事や感じたことを言葉にする場や時間がなく、孤立感を感じる」、「金銭的に不安がある」、「自分の自由に使える時間がほしい」と切実な声が聞こえてきました。

 今、一人娘、息子が仕事をやめ、親の年金を頼りとして親の介護をしている人も増えてきています。これから益々高齢化が進み介護は突然にやってきます。
 イギリスでは介護する人の生活の質を高め、介護を続けられるような支援を目的で、すでに15年前の1995年に介護者法が制定されています。
日本ではまだ介護の責任は、実際に世話をしている家族個人の負担にかかっています。

 これから介護を家族がかかえこみ、孤立していくことを防ぐためにも「介護者の会」など同じ境遇の人と出会える場や、相談、出てこれない人のために訪問など家庭や地域全体で介護の環境を支える仕組みを増やすことが不可欠と昨年の12月議会で質問、問題提起をしました。
 林市長はこれからしっかりと調査をし取り組むという答弁でしたが、果たしてこれからの横浜市の介護者支援の取り組みは。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »