一人一人の命を考える
口から食べれなくなったらどうしますか。「平穏死」の進めと題す本を書かれた医師、
石飛幸三氏の講演を聞き、尊厳ある死について考えさせられました。
石飛医師は血管外科医から現在は世田谷区立特別養護老人ホーム・芦花ホームの常勤医をされています。
誰しも最後を迎える場所が、自宅あるいは施設を希望する人が9割でありながら、現実は病院でなくなる方が8割だそうだ。
まさに、人が生きることは口から食べ物を食べることができることだと思う。
しかし高齢になると飲み込む力が弱くなり、無理に食べようとすると誤って気管に食べ物が入り誤嚥性肺炎になります。病院で肺炎は治りますが嚥下障害は治らず、又誤嚥します。
病院では点滴を続けて置いておくわけにもいかないので、胃から栄養を入れる「胃ろう」をつけて病院からホームに帰って来て寝たきりになる方が増えています。
意識がちゃんとしている人なら、不自然なことまでして生きていたくない、寿命がきたのだからもう結構といえるかもしれませんが、認知症であれば無理です。
又、家族も迷いながらも罪悪感を感じ医師に言われるままに従うのです。
人間として生きる意欲も能力もなくなった人を、方法があるからといって人工呼吸器をつけて息を止めさせないことが本当にその人のためになるのか、その人の生命の質をどう考えるのかを石飛先生は問うています。
寿命が来て本人も、周囲も穏やかな終焉を願っている、これは病気ではなく天寿であり、最期のときを決めるのは医療ではなく、時の流れに身を任せるべきと言われる。
石飛先生の芦花ホームでは多くの方が平穏な死を迎え、看取られています。
これからますますどのような安らかな最期を迎えることができるか、重要な問題になってきます。
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コメント
とても 大事な問題です 母親は70代半ばで 非常に身近な話…母は まだまだ健康ですが…だと感じました 早い時期に 時間を取って 母や妹弟達と 真剣に話し合ってみようと思います
投稿: 緒方 孝文 | 2012年2月 3日 (金) 02時46分
緒方孝文さま
ブログのコメントありがとうございます。
私の父は95歳、姑は86歳でまだ自分で食事ができますが、いつどうなるかわかりません。これからできれば住み慣れた自分の家で、訪問看護を受け見取られる地域ケアシステム、そんな仕組みがもっとできればいいなと思っています。
宇都宮あつ子
投稿: 宇都宮あつ子 | 2012年2月 7日 (火) 21時57分