2010年8月12日 (木)

核のない世界に向けて動き出す

 今年は終戦65年を迎えます。
65年前の8月6日、9日、広島と長崎に原子爆弾が落とされ、一瞬のうちに多くの尊とい命が奪われ、まちは破壊されました。
そして今でも、全国に約22万人の被爆者がおられ、後遺症に苦しんでいる方もいます。

 唯一の被爆国日本の広島、長崎から世界に向け、原子爆弾のむごさを、その惨状を世界に伝え、語り部が語り伝えています。
 昨年4月、オバマ大統領は「核兵器のない世界」に向けて行動すると表明しました。
その理由はともかくも、ブッシュ政権下で進まなかった核軍縮、核不拡散の道がみえ始めてきたかのように見えます。

 今年の広島、長崎の平和記念式典には、アメリカを始め核を保有する英、仏の大使も参列しました。
原爆投下から65年経ち、ようやく世界の流れが核廃絶に向け動き出したかのようです。この機運をさらに加速させ、「核兵器のない世界」「核兵器禁止条約」に向け唯一の被爆国日本の役割は大きいと感じます。

 そして横浜市も国連が認めるピースメッセンジャー都市として国際平和へ貢献してきています。しかし昭和57年に広島市長が核兵器廃絶に向けた国際的な都市連携を呼びかけた、平和市長会議には加盟していず、気になるところでした。
 この平和市長会議の加盟国135カ国、市長の数は4000人に上るそうです。
ようやく横浜市も、今年2010年に平和市長会議に加盟をし、横浜からさらに世界の平和の実現に向けてアピールしていかなければ。P8090493_2

 戸塚でも9日には、地域で活動している人たちが集まり、憲法9条を守り、核兵器廃絶の草の根の活動を進める宣言と共に、ピースウォークを行いました。

 

 

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2010年1月 8日 (金)

写真誌「DAYS JAPAN」の存続を

 戦争や人権侵害などの社会問題を扱う月間報道写真誌「DAYS JAPAN」(広河隆一編集長)をご覧になったことがありますか?
マスコミでは報道されない、世界で起きている紛争の悲惨な状況、人間の命が奪われ続ける実態を直視し、世界に伝える重要性を考え、その真実を伝えるために創刊された写真誌です。
 2004年に報道写真家の広河氏が創刊し、フォトジャーナリストの作品を掲載、様々な賞も受賞されています。

 2007年に「第3回DEYS国際フォトジャーナリズム大賞」の受賞作品を発表した写真展「地球の上に生きる2007」の横浜の赤レンガ倉庫での開催時に見に行きました。
その作品を見たときの衝撃は忘れません。

 今その写真誌「DAYS JAPAN」が経営難に陥り、「存続キャンペーン」を続けていることをニュースで知りました。
窮状を知った500人を超える新規定期購読者が集まり、年越しはできたもののその後の存続に、まだめどは立っていないという事です。

 命がけで危険な現場に行き、まっすぐに向き合い真実を伝える報道、そのような写真誌の存続を願い購読を申し込もうと思っています。
 

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2009年11月14日 (土)

戸塚区戦没者慰霊祭に出席し平和を誓う

 戸塚区戦没者慰霊祭に出席し、ご遺族の方がたと英霊の御霊に献花し、平和を誓いました。
 終戦から64年と言う年月が過ぎ、悲惨な戦争を経験し、それを伝える方が少なくなってきています。

 11月12日の天皇ご即位20年を前に、天皇は戦争に至った歴史が風化していくこと、過去の歴史が忘れられていくことを懸念されているとお話されています。
又、過去の歴史的事実を十分に知って、未来に備えることが大切とも言われています。

 私たちは子どもたちに、歴史の事実を伝え二度と戦争は起こしてはならない、平和の大切さを伝えていく役割があります。
 横浜市は来年から18区中8区で「新しい歴史教科書をつくる会」が編集した教科書が中学校で使われます。
この歴史教科書は、歴史的事実を十分伝えているとは言いがたい教科書です。
また2011年からは横浜市は教科書の1本化も決まり、この教科書が全中学校で採用されるのではないかと言う危惧を持っています。

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2009年9月22日 (火)

講談「悲しみの母子像」から平和を問い直す

 女流講談師、神田香織さんの講談「悲しみの母子像」を聞きました。
神田さんの講談を聞くのは、ソ連の原発事故「チェルノブイリの祈り」と2回目です。
この創作講談は、32年前に米軍ジェット機が横浜市青葉区(旧緑区)の住宅街に墜落して、母と2人の幼い子どもの尊い命が奪われた事件がテーマで、ご記憶のある方も多いと思います。P9200827_2

 神田さんは、娘さんを亡くされた土志田さんから、講談にしてほしいという希望もあった事から、事故現場をはじめ、資料や聞き取り調査をして完成させました。
 土志田さんが建てられたブロンズ像「愛の母子像」は、横浜の港が見える公園に設置されています。

 神田さんの講談は悲しい。米軍機が墜落した住宅街は瞬く間に火の海と化し、そこに自衛隊のヘリコプターが救助に来たと思いきや、米軍のパイロットだけを救助し飛び去ったこと、そのパイロットが救助された時に、にこっと笑ってVサインをしたことなど、言いようのない怒りがこみ上げてきます。

 神奈川県は沖縄県に次ぐ基地県です。
昭和27年から平成19年までに、何と神奈川県で起きた米軍機墜落は62件、不時着は54件にも上ります。
 本当に米国によって日本は守られているのでしょうか?本当に安全と平和のために基地があるんでしょうか?

 今回の講談会を主催した特非法人WE21ジャパンは、あえて基地のある大和で講談会を開催しました。

 

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2008年9月12日 (金)

9.11同時多発テロから7年 平和は遠い

 2001年9月11日、飛行機がビルに突っ込む、まるで映画を観ているようなシーンが飛び込んできた記憶がよみがえります。
7年前アメリカを襲った同時多発テロで約3千人の犠牲者がでました。
それからアメリカは、テロ首謀者、テロの支援組織を破壊するために多国籍軍を編成し、アフガニスタンへまさに報復の攻撃を開始したのです。

 これまで罪もないアフガニスタンの多くの市民が犠牲になり、4000人以上の米兵も死亡するなど多くの犠牲を払ったテロとの戦いは泥沼化し、治安は悪化しアフガニスタン復興に深刻な影響を及ぼしています。

 そのアフガニスタンに日本の青年、伊藤和也さんがNGOのメンバーとして入り、荒廃した土地に用水路をつくり、食料を確保するために田畑を復興する農業支援に頑張っていました。
 その伊藤和也さんが、彼が愛するアフガンの地で銃弾に倒れなくなりました。
なんとも悲しい出来事であり、怒りを覚えます。この事件は両国にとって、いや世界にとって大きな損失です。

 伊藤さんがアフガン活動中に撮った写真、「菜の花畑で笑う少女、収穫した大きなサツマイモを誇らしく見せている少年、農作業を手伝う子ども達」がすばらしく、あたたかく心を打ちます。
 子ども達の表情から、いかに伊藤さんが信頼され、現地の人達に溶け込んでいたかがわかります。

 伊藤さんの死を無駄にすることなく、彼が願っていた平和が早くアフガニスタンにおとずれることを願わずにはいられません。

 

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2008年8月15日 (金)

2008年8月15日 「平和」を思う

 63年前の8月15日、日本は太平洋戦争の終戦を迎えた。
生と死が隣併せのような悲惨な体験をされた多くの人達が、戦争が終わった時の安堵感とこれから生きられるという希望を感じた時ではなかったろうか。

 私も含め、戦争の体験を持たない世代が増えてきている中で、この悲惨な戦争を二度と起こさないために、政治や右翼的世論に惑わされず、戦争の事実をしっかりと伝えていかなければならない。
 「平和」を守るためには教育、メディア、市民レベルの活動も重要だと思う。

 今北京オリンピックが開催され、各選手が4年間の集大成として頑張っている。
中国と日本のこれまでの関係を見ても、戦争による中国侵略、中国残留孤児や教科書問題、そして小泉元首相で大きく関係を悪化させた靖国神社参拝など、まだまだ問題は山積している。
 この北京オリンピックを機に新たな日中関係を築いていければと思う。

 大戦後大きな戦争はないが、世界のあちこちで内紛が勃発し、オリンピックのさなかにもグルジアとロシアとの武力衝突が起こっている。
 「平和」を考える時、まず「暴力の不在」は勿論だが、紛争がなくても人権が確立されていない状態は平和ではないと、以前ブログにも書きましたが、横山正樹先生も言われている。

 紛争はないけれど、生存機会の不平等、不公正、格差が拡大している日本の社会は、構造的暴力を容認している社会制度になっていないか。
 非正規労働者が全体労働者の3分の1を占め、生活保護世帯よりも低い所得で生活している人が急増している。
こんな状況で、日本は本当に「平和」と言えるのだろうか?

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